スペイン1周ドライブ旅行体験記。#3セビリアの支倉常長像を見に。

スペイン

スペイン1周旅行をしているイゴールです。

歴史とりわけ日本史が好きな私が、どうしても訪問したかった場所。それは江戸時代にスペインまでやってきた「支倉常長像」のある  Corea del Rio の街を訪問することでした。

ロマンを感じませんか?

支倉常長一行は、勝海舟が咸臨丸で太平洋を渡る230年前にスペイン・イタリアまで訪問しています。伊達政宗の命で通商を結ぶためとはいえ、命がけでスペインまで渡ってきました。私は支倉常長に会うためグラナダからセビリアまで約250㎞離れてますが、日帰りで「支倉常長像」を訪問することにしました。

刀を差した侍の「支倉常長像」がスペインにあるのですね。

スペイン1周ドライブ旅行体験記。支倉常長の遣欧使節団とは。

私が高校の日本史の歴史で習った記憶にWIKIPEDIAの記載内容を整理すると

  • 支倉常長は仙台伊達藩の藩士
  • 1613年(大阪冬の陣の前年)日本を出向し太平洋を渡ってメキシコ経由でスペインへ。
  • スペイン入国後、川を上って「Corea del Rio」に上陸。
  • 1620年に通商交渉うまくいかず日本に帰国。
  • 1992年に「支倉常長像」が Corea del Rio に宮城県から寄贈された。

支倉常長一行は、どんな思いでこの地にやってきたのでしょうか。いつでも飛行機に乗って日本に帰れる今の時代とは全く異なる高い志をもって、この地にやってきたのだろうと思われます。

スペイン1周ドライブ旅行体験記。支倉常長像までのルート。

グラナダからセビリアまで約250㎞離れており、往復6時間近くかかりました。ナビは車のナビとスマホのGOOGLEナビの両方をセットしておきましたが、セビリア近辺から全く違う方向をしめします。GOOGLEは、「MAKE Uターン」の繰り返し。まあいいかと思い車のナビに沿っていくと、なんと川で道は切れて行き止まり。万事休すです。支倉常長像は、川の向こうにあり残念ながら橋はないです。

ああ、「これは引き返さないと」と思っていたところ向こう岸から、車を積んだ大きな「いかだ」のような船がやってきます。そして私の後ろからも車が続いてきます。私は後ろの車に尋ねました。

「この船に乗って向こう岸に行けるの?」

「もちろん」

私のつたないスペイン語と英語のちゃんぽんでなんとか通じました。

「ああ、よかった。」

€3で、無事に向こう岸へ。支倉常長が登ってきた川を渡って支倉常長像に会えることができました。

スペイン1周ドライブ旅行体験記。支倉常長像は外から拝見することに。

「支倉常長像」のあるPaseo Carlos De Mesa 公園は、日曜日だったからか鍵がかかっていて中には入れず、公園の外側から拝見することになりました。公園の中には鳥居もあり、このスペインの地に刀を差した侍の銅像が日本語できちんと書かれて展示されています。

WIKIPEDIAによると2013年に天皇陛下が皇太子の時に訪問されたとのこと。これを見るだけでそのころの気持ちを感じ取ることができました。

スペイン1周ドライブ旅行体験記。コリアデルリオの街に住むと言われるハポンさん。

実はWIKIPEDIAによると、この街コリアデルリオには「ハポン(日本)」という苗字を持つ人が、600人近く暮らしているそうです。昔スペイン人の友人からも「ハポン」というサッカー選手がいたときいたことがあります。その時に支倉常長の一行の一部の人達がスペインに残ったことは間違いないようなのですが、「ハポン姓」の彼らがその子孫なのかは、諸説あるようです。

まあ事実はどうであれ、江戸時代の武士の血を引くかもしれない彼らにはロマンを感じます。

Paseo Carlos De Mesa 公園で食事をした時にお店の人に、

「この街にはハポン姓の人が住んでいると聞いたけど?知っていますか?」

と聞きましたが、私のスペイン語がひどいのか、無視されてしまいました。残念でした。

ハポンという姓の人がスペインで暮らしていることは初めて知りました。

スペイン1周ドライブ旅行体験記。故郷を離れ異国で暮らしていくとは。

私は今スペインという異国で暮らしています。飛行機に乗ればすぐ日本に帰国できるような時代です。しかし、江戸時代に異国に残ってその地で骨をうずめる覚悟をした人は、どれだけ悩んでその決心したのか、その苦悩に比べればコロナ禍で帰国できないくらいの悩みは比ではありません。

小学校の時に教科書で「ジョン万次郎漂流記」を読みました。その時に万次郎といっしょに漂流した仲間で、ハワイで命を落とした人がいました。先生から「江戸時代に日本に戻れないってどういうことかと思うか」をみんなに投げかけられたのをよく覚えてます。

「菜の花の沖」でも高田屋嘉兵衛の仲間が病気で帰国できずにカムチャツカで命を落とした人がいました。

「おろしあ国酔夢譚」で大黒屋光太夫に別れを告げて、シベリアの地に残ってロシア人の奥さんと生活を共にする人がいました。

江戸時代に「新スラブ日本語辞典」を作って20代でロシア サンクトペテルブルグで命を落とした薩摩出身の「ゴンザ」も帰国したかっただろうなと思います。

そして、ここスペインアンダルシアでも江戸時代に日本に帰国することよりこのスペインに残って生活をしていくことを決めた人たちがいたと知り、どういう思いでこの地に残って暮らしていたのか、考えさせられます。そして現在その子孫が関連性はないかもしれないが「ハポン(日本)」姓を名乗っている人が生活をしている。歴史と現在はつながっていると考えさせられる旅行になりました。

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プロフィール
この記事を書いた人
イゴール

会社生活30年を過ぎたサラリーマン。2020年からヨーロッパ駐在中で現在の住居はドイツからスペインに引っ越し。人生の後半から日本とロシアを中心とした海外生活を半分半分。次のキャリアで何をしたいか、仕事を続けながら現在進行形で自分探しを模索中。その活動の悩みや取り組みをぶろぐに残す。

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